なびの洋裁教室ブログ

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CHINA備忘録⑱ 雲陽のクリスマスと新年。

中国は昔は仏教、今は無宗教な感じです。

キリスト教徒もいるみたいですが、

会ったことはありません。

イスラム教徒はあちこちにいて、

食べ物で知ることが出来ます。

 

 

雲陽でのクリスマス…。

 

 

日本での師走から年末は、

皆さまご存知、何かと気ぜわしくなり、

クリスマスで盛り上がった後は、

一気にお正月ムードに転換がされますね。

 

中国では当時、クリスマスはかろうじてお祝い(?)のような

行事はありましたが、

クリスマスツリーも、サンタも、ケーキも、チキンもありません。

ここでは都市部ではなく、雲陽のクリスマスの様子から。

 

日本のクリスマスが正しいかどうかは別として、

雲陽のクリスマスは

まったくクリスマスの装飾系はありませんでした。

西洋の文化が制限されていて、

アメリカっぽいものは

ディズニーのミッキーマウス(もどき)のぬいぐるみが

北京で見かけるくらいで、

一般人はビートルズも知りませんでした。

 

世界のキリスト教徒は12月25日にキリストの生誕を祝う、

と言う知識はあったようです。

中国でクリスマスは「聖誕節」と言います。

 

 

雲陽の工場ではその日、

工場の中でダンスパーティが行われます。

ツリーその他の飾りは無く、

楽曲も中国のものオンリーです。

料理はもちろん中華で、お酒は白酒(中国の焼酎)かビールですが、

もしかしてワインもあったかも知れません。

中国では意外にワインが生産されていて、

美味しいとまでは言えないけど、飲める味です。

 

現地の人々はダンスが好きみたいで、

ひらひらしながら太極拳のように踊ります。

 

NAVI的にはあまり参加したくないので、

流れてくる音曲とうるさい喧騒を聴きながら

自室で静かに過ごしていました。

 

 

 

 

それが過ぎると新年ですが、

中国における新年とは2月頃の「春節」なので、

1月1日の元旦は休みが1日あるだげで、

特に祝うことはなく、

何事もなく普通の休日として過ぎていきます。

 

 

日本人のNAVIにとっては、

お正月はそのようにスルー出来ませんので、

1週間くらいお休みをいただいて、

他の地域に住む隊員のところへ行き、

集まった隊員仲間でお正月を過ごしました。

 

日本ではお節料理とか、お餅とか、

特に執着心もなかったのですが、

異国にいると、お正月は流石の隊員も日本が恋しくなります。

 

中国での日本人と言うのは、

なかなか複雑です。

中国人の日本人に対する見方が複雑なのです。

当時の中国はとても貧しいし、

あらゆる面において日本に勝るものがありません。

国土の広さ位でしょうか、中国の自慢は。

(当時は知りませんでしたが)間違った歴史教育を受けているので、

心の中では日本人を侮蔑していても、

目の前の日本人の優秀さは認めなくてはならない。

踏みつぶしたい相手を我慢して持ち上げなくてはならない、

と言う、鬱屈した気持ちがうっすら透けて見えるのです。

 

そういう環境で、

中国人に対してボランティアをしているのですから、

日本人としては日常においてとても思慮深く、

(普通でも控えめなのに)思いやりを持つあまり、

日本人であることを消そうとする、みたいな、

必要以上に相手を立ててしまう傾向があったように思います。

企業人ではなく、ボランティアでしたので、

よりその傾向が強かったのかも知れません。

中国人の前ではなるべく日本の習慣は出さない、

ように思っていたのかも。

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                                       開封の庶民的なお店 

それでも、お正月を何もなく過ごすことは

他の隊員も耐えられないのか、

皆で集まって、

揃えられる材料でお節料理のようなものを作ったり、

うるち米(もち米はなかった)でお餅のようなものを作ったり、

牛肉のかたまりを凍らせて薄くスライスして

すき焼きを作ったりしました。

おせちはお煮しめや鶏肉巻きや煮豚とか、

内陸なので魚介ものはないのですが、

野菜とお肉でそれらしいものを作りましたっけ。

 

アフリカのどこかの国の隊員たちは、お正月には

大使館などでお寿司を食べたとか。

こちらでは思いもよらないことですが、

食料事情は通常はきっと中国より大変(きっとね)だと思うので

良かったね!と思うのであります(やせ我慢)

 

 

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            開封在住の隊員 。一般的な住宅。開封は宋時代の都で落ちついた街です。

 

 

お餅はうるち米をかたく炊いて、棒でつきました。

そうそう、あずきがあったので、

あんこやぜんざいも作りました。

中国で食べるぜんざいはおいしかった~。

 

前述したすき焼きですが、

集まった場所が河南省開封という、

ちょっとした地方都市だったので、

雲陽より食材事情が良く、

普通に牛肉が売られていました。

(なんと、鶏肉も解体されて部位で売っていました)

牛肉はもちろんスライスなどはなく、かたまりです。

これをすき焼き用に薄くスライスしなければなりません。

半分凍らせて、中国のでかい四角い包丁で

なるべ~く薄~く切るのであります。

味付けは関西風のお砂糖と醤油のみです。

こんにゃくや焼き豆腐はもちろんなく、

あるのは野菜(白菜、ねぎなど)だけです。

生卵は食べられないので、残念。

〆のうどんもないので、

太めの乾麺で代用しました。

 

あと、贅沢に天ぷらとかも作りましたっけ。

食用油は高くて(給料250元、食用油1L70元)

じゃぶじゃぶ使えないのですが、そこはお正月です。

小麦粉は万頭(マントウ…中国の蒸かしたパンのようなもの)用の

強力粉しかないので衣が重くなってしまうのですが、

これも日本を思い出させてくれる味です。

 

 

食べることばかりですね。

全知全能を駆使して、食事を作る。

やりがいのあるお仕事です。

 

 

ささやかな日本人的お正月を過ごし、

再び日常に戻ります。