CHINA備忘録⑰北京の冬。
北京の焼き芋売り
半年に一度7月と12月に、中国全土に派遣されていた隊員が上京します。
中国での上京とは北京に上がること。
NAVIたちは4月から北京で訓練、5月から任地への派遣で、
新米隊員は赴任したら3ヶ月任地を離れてはいけない決まりがあって、
普通は7月上京のところ、行けなくて、
初の上京は12月となりました。
どうやって雲陽から北京へ行くのか?
雲陽から車で7時間かけて鄭州の空港へ。
そこから飛行機で北京へ行きます。
鄭州から北京は3時間くらいでしょうか。
列車の場合は車で2時間の南陽市へ行ってから、
北京までは24時間で着きます。
飛行機がイヤな人は列車で行っても良いです。
飛行機嫌いの桂林の隊員は2泊3日列車に乗って
上京していたりしました。
北京の冬はーーーさむい。
キーーーーーーーーーーン
と、空に突き抜ける寒さです。
すっかり田舎者になっていたNAVIたちは
北京の生活を楽しみました。
一番の楽しみは赴任先では手に入れられない物資の調達です。
目指すは数少ない輸入食料品店です。
ここで缶詰や調味料、お菓子などを買い込むのです。
つかの間の楽しみ、ってところ。
北京での楽しみのひとつ、焼き栗です。
ポケットに入れてカイロ代わりにもなります。
500gで150円くらいだったかな~。
日本よりは安いですが、中国では高い感じです。
栗の大きさは天津甘栗と同じですが、
そんなに甘くありませんでした。
大使館が集まる、ちょっとハイソな地区の近くの八百屋さん。
場所柄か、フルーツの品質が良いのでした。種類も豊富。
こちらは普通の市場です。
雲陽とは品揃えが違います。
シルク製品を売る市場です。
ロシア人の買い付け人多し。
細い路地にシルクを中心にした衣類を売る
小さな店がぎっしり詰まった通りです。
当時の北京はまだそんなに開発されていなくて、
上海に比べると落ち着いた首都、と言う感じでした。
画像でもわかるように、
素朴な中国がそこにありました。
任地ではほぼ中華料理一色ですが、
北京では日本食もあります。
割高なので、あまり行きませんでしたが、
居酒屋さんなどもあって、たまに行きました。
よく行ったのが、朝鮮料理屋さんです。
JICAの事務所ちかくにけっこうあったのです。
多分北朝鮮の人がやっている料理屋さんです。
焼き肉や辛い海鮮鍋など、
ちょっと高くて600円くらいするのですが、
朝鮮料理は小皿料理がたくさんついてくるので、
1品頼めば満足するのでよく行きました。
表は普通の料理屋さん、奥はお姉さんが何かの
商売をしているような、あやしげな雰囲気でございました。
約1週間、業務の行事が続いて、
またそれぞれの任地へ散りぢりになって向かいます。
中国は国土が広いので、
この半年に一度の上京以外に
他の隊員に会うことがありません。
当時全体で…どうですかね
50人~60人くらいの隊員がいたでしょうか。
職種は日本語教師が多かったですが、
他には看護師、体育指導、水泳、レスリング、花き、自動車整備。
塗装、森林… など、多岐にわたります。
意外にスポーツ関係が多いですね。
中国のスポーツ関係は、
体育学校というスポーツ専門の学校があって、
幼児の頃からスポーツばかりやらされる学校があります。
隊員は主に子供に教えていたようです。
余談ですが、
ネパールへ派遣された柔道の隊員は
ネパール代表を率いて世界大会とか行ってたみたいですよ!
着任するときは飛行機を降りたら赤絨毯が敷かれており、
教え子(になる)が「ウっス!」と言う感じで出迎えを受けたようです。
そういう彼は我が隊次最年少の21歳でありました。
いろいろなんです。
そうそう北京ですね。北京。
今はPM2.5やらでものすごいスモッグになっている
北京であります。
春は黄砂で太陽が丸くはっきりと直視できる
空気の悪さですが、
冬は青空がありました。
まだ若い女性へのお土産に
ストッキングが人気の時代でした。
事実、北京の女性でもメリヤス(?)みたいな
厚くて、ダサいストッキングを
履いていましたっけ。
つづく
では。
本日もありがとうございました🏊