CHINA備忘録
農民画 文革時代の結婚式か? 本日は中国時代のエピソードを集めてみました。 生活のひとコマですね。 ・開封の同期隊員の家に遊びに行きました。開封は物資が豊富で、 雲陽と違い、市場で卵が手に入ります。 買った卵をぶらさげて歩いていたら、道行く人に…
こんにちは! 日本との商談が決まり、 日本から取引先の方々が雲陽にやってきました。 NAVIが上海までお迎えに上がりました。 このように、少しでも都会の空気が吸えるのは とてもうれしかったです。 日本からはお二方。 おじさん二人です。 上海周辺から奥…
1 こんにちは! 久しぶりに現地のお仕事のお話しです。 あれこれ旅に出たりしながらも、 ちゃんとお仕事はしているのであります。 知り合いの日本の会社にお願いして、 輸出が決まりました。 と、さらっと書くと簡単に決まったように思えますが、 すべてはN…
アメリカで縫製の研修をしてきた精鋭のお二人。NAVIの部屋にて。 中国の女性は強い、とよく言われます。 女性が強いというわけではなくて、 男女共通した性分がそう見えるだけと思います。 男女とも働いている家庭がほとんどなので、 同権っぽいと言えますが…
春節は旧正月と言いますね。 2019年の今年の春節は2月5日だそうです。 毎年変わるのですね。 雲陽の工場長は旧暦で誕生日を祝うので、 毎年日にちが変わるそうで、おもしろいですね。 中国は日本と比べると祝祭日がすごく少ないです。 まとめて休めるのは、1…
(基本的な緑の火車。開封から上海へ向かいます。初めてのお出かけ。うれしくてうれしくて、 満面の笑みです。この時に利用したのは軟臥です) 中国で汽車(列車)は火車と言います。 ホゥォチャー(四声は ⤴ → )が一番近いかな。 NAVIの知るところでは 種…
こんにちは! 雲陽からの脱出、バス編です。 一般人民の移動は何と言っても、バスです。 近所はおなじみの自転車です。 切符も席があればすぐに買えるので、 気軽に利用ができます。 近距離はハイエース級の小さなワンボックスか、 小型のマイクロバスが主流…
中国生活2年間の間に、 仕事の出張を含め、旅に出ていた期間が多分…半分近くに なるかも知れません。 生活の半分近くを留守にするなんて! 日本では考えられないですね。 ところが 中国では一旦任地を出かけると 最低1週間は留守にするのが当たり前、 みたい…
一般的なおうち 「中国人に生まれなくて良かった」 これは日本人であるから言える言葉かも知れません。 中国人で日本を、あるいは世界を知らなければ、 中国は最高の国だと思っているかも知れません。 しかし NAVIは中国人はみんな幸せそうではないように思…
いつもは閑散としている通りも春節の1ヶ月くらい前から賑わってくる。 冬は品物が傷みにくいので品数も量も多いのがうれしい。 雲陽の一番寒い月は12月、1月です。 日本の1月2月、みたいな感覚ですね。 現地の人は夏の暑さに弱く、 冬の寒さに強いです。 日…
中国は昔は仏教、今は無宗教な感じです。 キリスト教徒もいるみたいですが、 会ったことはありません。 イスラム教徒はあちこちにいて、 食べ物で知ることが出来ます。 雲陽でのクリスマス…。 日本での師走から年末は、 皆さまご存知、何かと気ぜわしくなり…
北京の焼き芋売り 半年に一度7月と12月に、中国全土に派遣されていた隊員が上京します。 中国での上京とは北京に上がること。 NAVIたちは4月から北京で訓練、5月から任地への派遣で、 新米隊員は赴任したら3ヶ月任地を離れてはいけない決まりがあって、 普通…
りんごを買うNAVI小さい子は鄭星さんの子供苗苗(ミャオミャオ) こんにちは! 本日は中国での食べ物のお話です。 中国のあいさつは「ご飯食べた?」なので 皆さま方のごはんに対する情熱には並々ならぬものがあります。 多分、一日中食べ物のことを考えてい…
(毛糸やさん) こんにちは! 段々と寒くなってきました。 今回は雲陽の冬支度についてです。 前にも書きましたが、日本と現地では季節の移り変わりが 1ヶ月ほど違っているように感じました。 中国の方が日本より1ヶ月早く回っている、という感覚です。 日本…
CHINA国内の縫製工場視察&日本の企業との顔合わせを終えて 雲陽に戻ってきました。 すでに工場長以下に鄭星さんが仔細を報告しており、 工場内は祝賀ムードに包まれておりました。 日本の企業から 「輸入してもええよ~。NAVIさんが管理してくれるんでしょ…
桂林 着任して約半年が過ぎ…。 現地での生活にも慣れ始め、 工場の現状を把握して、 陳工場長の要望を検討し、 それに向けての行動を開始しなければなりません。 何のためにここまで来たのか? 隊員はあくまでも技術の移転を旨としていますので、 NAVIは直接…
近所にある老街という旧市街?にある、渋いたたずまいの食料品店 こんにちは! (10月のレッスンカレンダーUPしました) 中国雲陽の日常生活で~す。 食事は主に、と言うか99%自炊でした。 と言うのも、食事ができる(したくなる)食堂などが なかったから…
こんにちは! 少しばかり生活まわりをご紹介しますね。 前述したように、 工場内の工場長(社長)の家の2階で生活しておりました。 広くない工場内で、 息の詰まる生活でしたが、 安全でありました。 裏を返すと、工場外は危険がいっぱい! 着任2週間目にキ…
鄭星さんに餃子の作り方を教えてもらっています。もちろん皮から作ります。 雲陽の気候は内陸で冬が寒く、あまり雨が降らず、 夏はもぁ~んとした感じです。 現地人は暑さに弱いらしく、 気温が28度を超えると、仕事もせずにだら~~としています。 現地では…
あれは確か、7月頃。 朝、工場の4階にある設計室へ出勤すると、誰もいません。 事務室や他の作業場も人がほとんどいません。 窓から道路を見てみると、 道路を群集が埋め尽くし、一方に向かって黙々と歩いています。 何が起こったのか? 同じ設計室の設計師…
NAVIの住んでいた部屋は、工場敷地内の 工場長(社長)のおうちの2階にありました。 2階と言っても、工場んちは工場より下がったところにあり、 NAVIの部屋は工場から見れば1階になります。 NAVIの部屋の断面図 この家の窓はすべて北向きで、 どちらかと言う…
雲陽に到着してから1ヶ月。 工場での活動が始まりました。 工場は大まかに言うと、10人くらいの管理者と部署ごとにグループで仕事をする 給料制の工員と、1枚いくらの請負制の工員に分かれています。 NAVIは設計室という、日本のアパレルで企画室とか、デザ…
表通りの風景 工場長との会談が終了し、工場の要求に応えるために、 まずしなければならないことは工場を知ることでした。 前述したように、この工場は鄭州の貿易会社を通して ヨーロッパ、アメリカ→ドロンワークの製品、 中東→作業服 を生産しています。 た…
刺繍室で作業に励む工員たち。 雲陽に到着して1週間。 やっと工場長が帰ってきました。 北京にいたならNAVIを連れて雲陽に戻ってくれればよかったのにね。 工場長はこんな人。 日本の会社と商談をするための上海のホテルにて。おめかししていますよ! 陳さん…
<機械や大工など技術系の工員、王さん。釦ホールをやってもらってます> 1995年5月初め、鄭州の空港から車で7時間、 途中の街で昼食休憩をとり、夕方近くに雲陽の工場に到着しました。 <工場の前で> まだまだ中国語がおぼつかない中、 日本に2年滞在した…
雲陽の家々と練炭作りの作業場。右側の黒い山が練炭の材料 1995年5月初旬、北京から飛行機で鄭州へ。 初めてのひとり中国、どきどき。 この地図の赤いところが雲陽です。青が北京、オレンジが上海。 黄色が鄭州です。 北京から約1000キロ、上海からも約1000…
北京の路上の床屋さん。 他にも按摩とかあります。 こんにちは! 北京の生活編です。 北京は最初の1ヶ月、 半年に1度、7月と12月にCHINA各地から隊員たちが集合します。 人によっては同じ町で活動している隊員どうしもいますが、 大抵は1人で頑張っているの…
トラック、荷馬車、荷台付き自転車、リヤカーは通行できません。北京にて。 こんにちは! CHINA備忘録、ぼちぼちやって行きます。 まずはCHINAでの生活を与えてくれた、 青年海外協力隊の説明をしますね。 二本松訓練所。1月~3月なので雪の季節でした。新し…
*********************** 本日はいつもと少し違います。 CHINA忘備録、時々upしていきたいと思います。 *********************** 1996年12月北京にて、焼き芋を買うNAVI 中国の焼き芋はあんまりおいしくない…